
出典:20世紀スタジオ公式
ウクライナでの戦争が長期化する中、世界各国では国防や安全保障のあり方をめぐる議論が活発化しています。
同時に、「戦争にどう関わるのか」「個人としてどのような選択をするのか」という倫理的・宗教的な問題も改めて問われています。
歴史を振り返れば、戦争は国家と社会の存続に深く関わる行為である一方、個人の良心や信仰としばしば衝突してきました。
現在の国際情勢を背景に、「もし自国が攻撃を受けたら」「総動員令が発令されたら」「自国を守るために戦うことをどう考えるか」といった問いが、多くの人々にとって身近なものとなりつつあります。
「良心的兵役拒否(conscientious objection)」とは、宗教的または倫理的信念に基づき、兵役や戦争への参加を拒否する行為を指します。この概念は20世紀を通じて国際的に議論され、現在では多くの国で法的に認められています。
国連人権理事会も、良心的兵役拒否を「思想・良心・宗教の自由」に含まれる基本的人権と位置づけており、代替的な公共奉仕制度などが整備されている国もあります。
一方で、その権利が十分に保障されていない国や、戦時下で国家体制が強化されている社会では、戦争参加を拒否することは重大な法的・社会的リスクを伴います。
国家への忠誠と個人の信仰や良心との間で、どのように折り合いをつけるかは、今も多くの人々にとって根本的な問いです。
『名もなき生涯(A Hidden Life)』(2019年、テレンス・マリック監督※この映画はAmazonで視聴できます。)は、第二次世界大戦中のオーストリアを舞台に、ナチス政権下で兵役を拒否した農夫フランツ・イェーガーシュテッターの実話を描いた作品です。
フランツはカトリック信仰に基づき、ヒトラーへの忠誠宣誓を拒んだことで逮捕・投獄され、最終的には処刑されました。
映画は、彼の信念が家族や共同体にどのような影響を及ぼしたかを静かに描き出し、「個人の良心」と「国家への従属」という普遍的なテーマを観客に問いかけます。
作品の中では、教会関係者がフランツに対し「家族を守るため」「祖国のため」という名目で戦争参加を促す場面も登場します。
同じ信仰を持つ人々の間でも、「忠誠」「義務」「救済」をめぐる解釈が分かれる様子が描かれ、信仰と社会の間で揺れる人間の複雑な心理を浮き彫りにしています。
現在のロシアでも、信念に基づき戦争への協力を拒む聖職者たちが存在します。
複数のロシア正教会の神父が「戦争に加担しない」という立場を公にし、投獄や迫害の危険に直面しています。
たとえば、アレクセイ・ウミンスキー神父は、ロシア正教会が政府の戦争政策を支持する姿勢に異議を唱えた結果、教会からの追放や拘束を受けました(Carnegie Endowment for International Peace報告)。
彼らは「無辜の人を殺さない」という宗教的信念を貫いており、その行動は国内外で良心的抵抗の象徴として注目されています。
キリスト教の教義は「殺してはならない」「敵を愛しなさい」という倫理を掲げ、暴力や戦争を否定する立場を取ってきました。しかし、戦時下では「国家を守る義務」と「神の教え」の間に緊張関係が生じます。
『名もなき生涯』は、戦争という極限状況の中で、個人がどのように信仰と良心を貫くかを描くことで、現代社会にも通じる深い倫理的問題を提示しています。
※この記事は宗教・倫理・社会に関するテーマを客観的に紹介するものであり、いかなる政治的立場や宗教的主張を代弁するものではありません。